戦後初の小笠原神社旧跡参拝に参列しました

島暮らし・小笠原

2019年、平成から令和へと年号の変わった今年も締めくくりの12月。

私の暮らしている小笠原諸島父島・扇浦に建造されている『小笠原神社』で毎月一日に行われている月次祭(つきなみさい)も年内最後となりました。

今回は特別に神社の旧跡も参拝しようということになり、その準備からお手伝いさせていただいて『小笠原神社』の歴史も知ることができたのでご紹介します。

 

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東京都指定文化財・旧跡『小笠原神社』

いまは扇浦を見下ろす納涼山に建てられている『小笠原神社』

最初はこちらではなく、もう少し山奥の大滝という場所に建造されていました。

 

『旧跡・小笠原神社』の所有者が父島・大村地区『大神山神社』から扇浦地区『小笠原神社』に変更になったので、管理にかかわっている扇浦青年団・要会の呼びかけで参拝を執り行うことになりました。

宮司さんに来ていただいて神事を行うのは、戦後初めてのことです。

 

小笠原神社(貞頼神社)の歴史

1882年(明治15年) 小笠原貞頼生誕三百年祭が【扇浦】で行われる

1886年(明治19年) 生誕祭をきっかけに、【大滝】住人である小林彦九郎と青木佐太郎が協力して【大滝】に小祠(社・やしろ)を建造・『貞頼神社』と称する

 

1899年(明治32年) 扇浦の現在地に移動(大滝は山奥で不便なのが理由)

天照大御神(アマテラスオオミカミ)を主神として『小笠原神社』と称する

 

1927年(昭和2年)3月 大滝の小笠原神社跡地が東京都指定文化財・旧跡に指定される

 

旧跡には、ロース石で作られた石碑が建てられています。

ロース石というのは、母島で産出されていた石材です。 江戸時代末期、母島に住んでいたドイツ人のフレデリッキ・ロルフスラルフさんが発見して、その利用方法を日本人に伝えたことからロース石と呼ばれるようになりました。

 

参拝に向けての遊歩道整備

要会メンバーもほとんどが知らなかった『旧跡』

先ずは場所の確認に出かけました。

整備されている都道から遊歩道へ入ると、ほとんど人の出入りがなかったことと10月末に父島を直撃した大型の台風21号の影響で、倒木だらけ。

そこで、日を改めて遊歩道整備を行いました。

遊歩道上に倒れている木をよけ、積み重なった枯葉を片付けて、石碑前はきれいな参道が復活しました。

石碑があまりにも景色と同化していてわかりずらいですが(笑)

 

戦後初・小笠原神社旧跡参拝

参拝日は定期船おがさわら丸が出港した翌日で日曜日だったこともあり、小笠原神社の参道清掃と月次祭から、子供たちも参加してくれました。

そして、月次祭を終えてから旧跡のある山へ移動します。

 

ふたりの宮司さんにいらしていただいての祝詞奏上(のりとそうじょう)。

副村長や教育長にも参列していただきました。

 

初めてのことなので『みんなで記念撮影したら?』と宮司さんにお声かけいただき、パチリ。

神事を行い、参拝者が行き来したことで、旧跡周辺の山が活気づいたように感じました。

 

神社の場所が扇浦に移されたときに『天照大御神』を主神とされましたが、こちらの場所ではこの島を発見したと言い伝えられていた小笠原貞頼公を祀り『貞頼神社』と称されていたのです。

 

貞頼さんや神社の建造にかかわった方々の息が、再び降りてきているかもしれませんね。

 

 

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